ノートルダム寺院!追悼!!

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今日のびっくり悲しいニュースは、ノートルダム寺院の炎上!

どうして火事になっちゃったの?何が燃えたの?とわけのわからない(・・? はてなの連続。フランス国民だけじゃなくて、美しい建物の燃え盛る姿はだれの目にも大ショックでした。

ステンドグラス。一つだけ焼け残ったと。それでもありがたい、いとおしい。

作業場からの出火だと、ニュースが伝えている。屋根裏はかなり木材が使われていたらしい。

直近はいつ訪れたっけ?と昔の写真のデータを探してみる!出てきました。2014年8月。4年半以上の月日がたっていました。娘が高校1年の夏休みに家族でアルザスへ行き、その後半にパリで観光した時の記録でした。

パリじゅうが泣いている!

今となっては塔に登っておけば違う景色が焼き付いたはず!

パリ中が泣いている!日本でも泣いている!

今や建築学部の学生である娘の学校では、今日は教授、生徒全員が喪に服し、かの偉大な建築物に思いをはせていたらしい。

ノートルダムとはフランス語で「われらの貴婦人」と言われ、ナポレオン1世の戴冠式も行われた場所。パリ中心のシテ島という小島に立っています。

ノートルダム寺院を象徴する大きなステンドグラスを支える建築的な工法に「フライングバットレス」というものがあり、ゴシックの建築によく見られます。

ノートルダム寺院の後ろ側。アーチ状の柱がわかるだろうか。偉大なる発見。

Wikipediaによると:

フライング・バットレス(英語:flying buttress、フランス語:Arc-boutant)とは、ロマネスク時代には側廊屋根裏に隠されていたアーチを側廊屋根よりも高い位置に移して、空中にアーチを架けた飛梁(とびばり)をいう。もともとの「バットレス」とは、建築物の外壁の補強のため、屋外に張り出すかたちで設置される柱状の部分のことをさす。

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このフライング・バットレスにより、身廊ヴォールトのスラスト(推力)[1])を高い位置で受け止めることにより、身廊の天井をそれまでの建築よりさらに高くすることができるようになった。また、推力を支持するための側廊により身廊上部が塞がれることがなくなったため、この部分に大きな窓をとることができるようになり、ステンドグラスなどの装飾を用いた壮大な礼拝空間が実現可能となった。

なお、強弱交互組織の柱、六分のリブ・ヴォールト、4層構成を基本としたゴシック建築初期ゴシック建築と呼ぶ。

ということらしい。

私たちのパリ観光は定番の、凱旋門、エッフェル塔、サクレクール寺院、そしてノートルダム寺院。セーヌ川をめぐるパリ市内を自転車のツアーを使って観光しました。地下鉄を使うよりもパリの街をよく理解できて、パリを風で感じました。

前述のフライングバットレスは、ノートルダム寺院の裏側のアーチ状の柱のことだけれど、当時はそんな知識を持っている人もいなく、たくさんの観光客が入場を待っていましたが、普通に1時間くらい並んで、普通に中のステンドグラスを見て、尖塔にも屋根にも上らずに、クリスマスツリーのオーナメントを買ってきた、という至極ふつうのツーリスト。

いつもたくさん人が歩いているノートルダム寺院。セーヌ川沿いの街歩きも楽しい

今日はパリ市民と一緒に讃美歌を歌いたい。早く美しい姿に再建されますように!

これも成長の過程の貴重な思い出の一コマ。夏のパリは人が多くて、暑かった!

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